景観デザインを目指せ

重山陽一郎の個人ブログ blog.enviro-studio.net
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神子畑選鉱場
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先日紹介した神子畑鋳鉄橋から、神子畑川に沿って上流へ行くと、巨大な廃墟が見えてきます。これが神子畑選鉱場跡です。
 
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ここは、戦国時代頃から金鉱山だったらしいのですが、1878年(明治11年)に銀鉱脈が発見され、近くにある生野銀山の支山として1917年(大正6年)まで稼働していました。

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その後、1919年(大正8年)に、ここよりさらに山奥にある明延鉱山で採掘された鉱石の選鉱場がここに設けられました。最盛期には東洋一の規模だったそうですが、1987年(昭和62年)に閉山され、惜しい事に2004年(平成16年)に大部分の施設が取り壊されたんだそうです。

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今は、コンクリートの雛壇状の基礎だけが残っています。幅は約110、高低差は75mあるそうです。写真の左側の斜面に上り下りするための鉄道(インクライン)のレールが残っていますね。

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中央ですれ違うようになっています。レールが歪んでいます(^^;)

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立派な説明看板もあります。

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麓の平地には、なにやら巨大な円盤があります。

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コンクリートの円柱で支えられた巨大なお椀です。

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荒々しい質感がすごい迫力。ところどころコンクリートが剥離して鉄筋がむき出しになっています(^^;) 立ち入り禁止です。

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円盤の真ん中が低くなっていて、その下に機械設備が入っていました。後で調べたらこの施設は「シックナー」というもので、鉱石と水などを分離する装置なんだそうです。

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ムーセ旧居」と呼ばれている資料館が山麓にあります。この建物は、明治初期に生野鉱山で働く外国人技術者のために、生野に建設された宿舎の1つで、フランス人技師のムーセの住居でした。その後ここに移築され、2002年から2004年にかけて解体修理され、現在は資料館・写真館になっています。

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内部には、いろいろな資料があります。模型もありますね。

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例の円盤はこうなっていたんですね。

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在りし日の選鉱場の鳥瞰写真です。

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馬車鉄道の写真もありました。この鉄道が神子畑鋳鉄橋羽淵鋳鉄橋を渡っていたんですね。

リンク:
「廃墟伝説」のサイトで、取り壊し直前の様子が詳しく解説されています。


位置:
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写真集:
スクリーンショット(2011-04-21 9.13.54)



Category:兵庫県
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