景観デザインを目指せ

重山陽一郎の個人ブログ blog.enviro-studio.net
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中島川と眼鏡橋
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長崎のシンボル、眼鏡橋は1634年(寛永11年)に完成しており、日本最古の石造アーチ橋と言われていますが、実は沖縄の天女橋(1502)のほうが古いので、実際は2番目です(^^;)。
1634年というと、徳川家光の時代ですね。興福寺の2代目住職、黙子如定(もくすにょじょう)が架けたそうです。
 
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安山岩でできています。目地は漆喰です。

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水面に映った様子が眼鏡(^^)

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眼鏡橋は、1982年(昭和57年)の長崎大水害よって、大きな被害を受けました。

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壊れた時の写真が、橋の近くに展示してあります。アーチリブは残ったんですね。

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中島川には多くの石橋がありますが、長崎大水害で多くの石橋が壊れてしまいました。写真の右から3番目が眼鏡橋で、そのすぐ左側(上流側)の魚市橋は残ったものの、さらに上流の東新橋〜大井手橋の6橋はすべて流失しました。災害については、災害教訓の継承に関する専門調査会報告書に詳しいです。

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一方、眼鏡橋と、そのすぐ下流の袋橋は流失しなかったそうです。眼鏡橋のすぐ上流にある魚市橋が頑丈だったので、ここで水勢が弱まったおかげで下流の2橋が助かったそうです。一方、魚市橋で堰上げされた水が市街地に溢れたそうです。

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災害復旧の際には、当初は、川の拡幅と石橋群の移設が検討されたそうですが、石橋を残すべきだという市民の声などが強かったため、川の両側にトンネル水路を設けて断面を確保することで石橋を残すことになりました。

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中央にあるのが眼鏡橋で、右岸は240m、左岸は262mの区間にわたってトンネル水路が設けられています。

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東新橋からみた、トンネル水路の入り口です。

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トンネルの上は道路や公園になっています。左岸側(写真の左側)は、災害前は川沿いに建物が並んでいました。昔の写真がこちらにあります。また、長崎大学付属図書館のサイトには、明治時代の写真があります。建物が低くて、川に近くて、スケール感が今とは全然違いますね。

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こちらは、トンネルの出口。写っている橋は袋橋で、その上流に眼鏡橋があります。

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昔は車が通っていたらしいので、階段は無かったんでしょうか?

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トンネル水路にすると、橋の移設&河川拡幅に比べて10倍ぐらい費用がかかったそうですが、残ってよかったですね。1993年(平成5年)の鹿児島大水害甲突川の石橋が移設されてしまったことと比べると、やっぱりこちらの方がずいぶん価値があるように思います。土木技術者が市民の信頼を得るには、こういうことが大切だと思うのです。

リンク:
CE建設業界:長崎中島川のバイパス公園

位置:
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Category:長崎県
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